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ビワイチ名物ピザ屋ファンタジスタの「今を翔ける」日記

色々なスポーツサイクルに乗ったりピザ焼いたり。

殻の破らせ方

 何かを学ぶことについてノウハウ Know howという言葉があります。しかし「やり方」よりも「なぜやるのか」の理由、本質的な部分、ノウホワイ know whyの方が重要だと思っています。「なぜ犬を飼いたいのか」「なぜ受験したいのか」「なぜ自転車で走りたいのか」といった原理の追求=哲学があるから大きくなるのだと思います。


リクにはもうなにも教えることがないなと思った。あとは羽ばたくだけ。

Yes, you can fly!


リクが部活休みで自走でくるという。

「おとーさんファンタジスタ行っていいか?」

「いいよ」

自分の家に行くのに許可取るのも奇妙な話だがプロセスを重視する我が家ではありふれた会話。



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がっつり踏んできた模様。



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そして肉体労働という名の筋トレをたくさんした。


フラペでシクロクロスをさんざん走らされて

さらにトレラン走らされる。不整地を全力疾走するのは難しい。

つまり体幹トレーニングになる。

そしてトレーニングで一番大事なのは楽しいと感じながら肉体と精神を追い込む。

肉体なんて誰でも追い込める。

精神を追い込んでこそ自分の殻を破れる。

「精神を追い込む」を「肉体を追い込むに付随してでてくる苦しみ」と解釈する人は多い。

そうではなくもっと別種のもの

殻を破るには「論理的積み上げ」では伸び代は知れている。

積み上げ始めた正にその土台を壊すことが重要だ。

ピラミッドは横に増築はできない。

自分の今ある小さな自我を徹底的に壊さなきゃならない。そこから全く別種のニュータイプ、突然変異種の自分が生まれてくる。

突然変異というのは隔離された環境から生まれる。精神的に自らを隔離し圧力をかけ自分で遺伝子組み換えをしてください。孤独ほど才能を開花させるものはない。

というわけでよくレース前に「明日はDNSしろ」と言う。

そしてリクは「わかった」と言う。

これが一番精神的にキツイ。だからこそ一番効果がある時にやる。

先日の京都府選手権の前夜にもそう言った。

棒高跳びのセルゲイブブカ。メダルを取り続けながら少しずつしか記録更新しなかったわけ。それは旧ソ連の報奨金を何度ももらうため。勝者というのは「どうやって勝つ」かではなく、「何のために勝つのか」を背負っている。

そんな話をし「レースする意味がない」とのたまう。

この話が本当かどうかはわからない。どうでもよいのである。

勝者の条件はテクニックではなくスピリッツ


徹底的にコーチ(教師、上司)に不信感を抱かせてそれでも信じてついてくるかを計っている。全て演技。

100人もいる生徒をやる気にさせたりビビらせたり笑わせたり泣かせたりしてきたのだ。

話の内容などその都度なんでもよい。理不尽なことを押し付けて左脳の論理システムがノーと言っても右脳で直感に従えるか。話の理不尽さと人間に対する信を天秤にかけさせる。

自分を選んだら大きくなれない。お好きにどうぞとなる。

こういう突き放し型の手法は公教育では使えない。烏合の衆には通用しない。


が、億プレイヤーに話すと「100人中99人が間違っていると言ってもそのやり方しかない。」と賛同する。

なぜそれを先にやるかといえば成功から逆算すると人生中途半端な人はその壁を超えられない。裏切る人は最終局面でどうせ裏切る。


「夏からやっぱり医療専門行こうと思うんです。そっちの方が専門的なことをプロが教えてくれるらしいので。」

よくある話でそれなら最初から医学部行きたい、法学部行きたいなどと大それたことを言わないことだ。言葉を発しているそのアタマ、ココロがもうすでに折れていたり歪んでいたりするからおかしな回答しか出てこない。

見込みがある人間なら突き落とすのが良いだろうが、才能のない人間を追い込んでも仕方ない。

逃げて流されてのくりかえしとなる模様

スポーツ、受験、仕事・・・どの分野でも同じ光景がみられるのはいとおかし。

あえて茨の道を選んでいたら成功したものを楽そうな道を行く。

あえて厳しい人間を選んで厳しい道を行けばその先にあるのは別の世界


「とても速くなりたい」と言うからそうした。難関国立や医学部に何をしてでも入りたいと言った人にはそうしてきた。ホビーの受験の人にはそんなに厳しくはしない。する必要がない。楽しければいいのだから。


道を求める人は楽しさの内容、質が違う。


リクに言った。

「CIAの最終テストは何か知ってるか?」

「二重スパイテスト」

よくご存知で。合格。これを谷底に落として這い上がってくるという。会社を持っている。戯言ではなく同じ手法を使っている。絶対的に信用できる人間のみ残る。よって管理が一切必要ない。

朝出かける時間に電話して

「レース行け。思い切り自分の好きなように走れ。」と言った。

そして結果を出した。乗鞍でもした。結果を出した。

また良い結果を出す人というものは利己的欲望からではなく究極は自分を超えてやるものだ。

「己を忘れて他を利する」

信じ続けること、そして自分をいともあっさり捨てられるか。


仲間という言葉の定義は「自分を捨ててでもアシストできるか」だ。




DNSロシアンルーレットには意味がある。

ギャンブルはほとんどの人が勝てない。なぜならばギャンブルは欲が勝つと見えなくなるからだ。欲がなければあっさり勝てることもあるが、そもそも欲のない人はギャンブルをせずやる人は欲が強いからやるのだ。

その存在そのものが矛盾

その存在そのものが矛盾したものを一言で置き換えると「悪魔」となる。

勝負事というのはなんでも悪魔的だ。

勝てない人ほど魅入られて長い間やり続ける。

迷いながらやり続ける。

信じることは誰でもできる。信じ続けることが難しい。何年も。チッポケなプライドや欲を捨てる。その先に見えるものは何か。

究極の選択を迫られる時がある。その時正しい選択肢を選べるか、信じ切れるのか寝返るのか。

何かの価値観、または誰かを信じ切れるということは言い換えると自分自身を信じ切れるということ

その時々の材料によって判断、信念が変わる視野の狭さは根本で何を信じるかを決定すれば揺るがなくなる。

これができないと心の底で自分を欺いていることになる。芯なくムラが多くなる。ダメなピッツァ生地のようなメンタリティ

どのような局面に陥っても自分を張る。自分を買う。「なんとかせえ」これがうちの親父の帝王学だ。

のぞみを18両全座席貸切で東京へ行ったあのおっさんの名言だ。


勝負事というのは狂気の沙汰ほど楽しい。

グリーンマイルを歩いたが電気椅子には座らなかった。

正にその時の精神状態、極限が人間の器を押し広げる。

引いたかどうか。

ロシアンルーレットの引きがねを引ける人間かどうか。

普通の人間は引かない。いろいろ考える。99%の人間は引かない理由を理路整然と主張する。それは当然、ロシアンルーレット自体が常軌を逸している。

だが1%の人間は躊躇なく引く。

理由などどうでも良いのだ。

そういう人間はもし起業したら店舗借りるのに躊躇なく土下座でもなんでもする種のメンタリティだ。



「負けたけど君はよく頑張った」
「大学落ちたけど将来の役に立つ」
「契約は取れなかったけど勉強になった」

素直に取れる場合もあるが、セリフを言う人間によっては自己正当化であり詭弁となりうる。


セミプロや評論家が言う。プロの世界では通用しない。



レース後の(仕事後の、テスト後の)反省会が好きな種の人間がいる。

会議が好きな取締役がいる。

どこにでもそういうバーチャルな人は居るのだが。

今この勝負で(仕事で)負ければ死ななきゃならないという種の勝負だったのか。

夢を持った人が相談に来るとそういう種の話をする時がある。

「あなた方は良いことがしたいのか、勝負したいのか、金儲けがしたいのかなんなん?」
「良いことがしたいなら自腹でやったらどうですか。」


「反省会かなんか知らんけど、今内容的にはとても辛辣なことを言っているはずだけれどもとても楽しそうなのはなぜ?『勉強になります!』って毎度言うけど、さあ、もしこれと同じ内容を抜き打ちでやって大丈夫なの?」

「ぜひお願いします!」

(「では契約の前日(受験の前日、乗鞍の前日)あたりにやらせていただきましょう。期待してるよ。」)



りくを練習中に止めて叱ったことが何度かある。

「バイク谷底に投げたろうか?(笑)」

その理由は、中学の時、限界超えてフォームを崩しながら食らい付いてきてフラフラになっていたから。

「危ない。そして単なる根性練習のようなものになってしまうのなら意味がない。」

日本のジュニアスポーツは世界有数だが多くの分野のプロの世界では欧米にひっくり返されることが多い。

なぜか?そこに教育、コーチング、育成のあり方がある。

ヨーロッパの現場を見てきて思った。

完全なエリート教育、個人主義の世界


こう言う。

親は投資家であり出資者、スポンサーにそぐわないレース内容だと契約は打ち切る。才能に投資している。

発展途上人の結果は見ていない。

準備から、レース、レース後の片付け、挨拶回り、レポート提出などあらゆることができて一流、レース来るのに特別規則書読んでないなど論外。

ヨーロッパのカートレースの時はスポンサー活動、申し込み、海外送金、チームとのやりとり、飛行機、ホテル、レポートなどすべて一人でやっていた。

そのすべてを含めてレースなのだ。顧問に連れて行ってもらうダラダラ旅行になるなら行かないほうが良い。

こういったプロセスの質を高く保つことで結果は自ずとついてくるものだ。


さて、別分野に目を向けると面白い。勉強やって自転車速くなる。ゴッホ見て勉強があがる。数学やって英語が上がる。荷物運びして自転車が速くなる。答えは一つじゃない。自転車だけ乗ってるなんて楽な単純作業だ。



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かなり負荷は高いが1日で全てのトレーニングができる。

そしてピッツァ食べてバイクで京都へ帰って行った。


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アンチョビとオリーブとにんにくのピッツァ

どう?気がふれて正気に戻るまでピッツァを勉強したよ。

今はオランダで見たゴッホの絵のことを思い出す。


see different 違って見えるようになる。



親父は「お前は厳しい」と言うがそうでもないと思う。あんたは刃物出してきただろう。

次会うのはいつだろう。たまにしか帰らないから家と母親を守っておいてね。

それが長男の勉強。それを10年かけて教えている。


小学生の子供がいる皆さん、今のうちに肩車しておいてください。

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