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ビワイチ名物ピザ屋ファンタジスタの「今を翔ける」日記

色々なスポーツサイクルに乗ったりピザ焼いたり。

グリーンマイル

退院しました。たくさんの励ましを頂いてありがとうございます。


病棟の廊下は固い床だ。入院した初日には夜中中足音がして、合成麻薬で朦朧とした頭でさえうるさいと感じた。「もっと柔らかい絨毯のような床にするか、看護師は底の柔らかい靴を履けばいいのに。」と思った。すぐに自分の考えが浅はかなものだと気づいた。インフルエンザが出た。院内感染を防ぐため部屋移動を指示された。移動先の部屋の住人はステーションでモニターされ酸素をつながれていた。「ピーピー」警報が鳴ると足音の意味がわかった。ナースが何人も全力疾走でスプリントしてくる。

「わし、死ぬかと思ったわ。あかんかと思ったで。もうあかんかな。」とモンゴルで2年間捕虜になった経験を持つおじいさん、通称「二等兵」が言った。おそらくは満州国で任務についていて敗戦を迎えた。モンゴルでもかなりの方が亡くなったそうだが、シベリアへ連れて行かれていたら助からなかったかもしれない。「大丈夫、良くなって退院できるから。」と看護婦が励ました。

映画「グリーンマイル」で、死刑囚は、執行室に連れて行かれる最後の廊下のことをグリーンマイル、緑色の短いグリーンマイルと呼んでいた。その廊下を歩いて戻ってきた者はいない最後の歩み、そこを歩けばもう足は必要なくなる廊下である。

病院の廊下のことを、「逆グリーンマイル」と言う事にした。オレは今日看護婦たちに見送られここを歩いて出ていく。今まで無駄口をたたかず冷たい人だと思っていた婦長も母と談笑している。老人が多いここでは、こんなに状態良く送り出すことはあまりないかもしれない。それだけ緊張して仕事をしていたのだとわかって申し訳ないと思った。退院できてうれしい。「何でこんなになるまで気がつかないんだ。緊急開腹手術です。」と言われれば春までは出られなかった。一方、多くの人が居残りで正月をここで過ごす。7時半朝食、12時昼食、6時夕食、7時頃にはほとんどの病室の電気が消える。横の人は癌で間食などしてはいけないはずだが、看護婦が巡回する時間にわざわざおかきを食べている。「ここで正月かな。」と言いながらも、帰ってこの人を迎える家族はいるのだろうかと思った。誰も見舞いに来ない。看護婦は毎日、恋人か嫁のように、雑談したり叱ったりしている。

オレは小学校に入る前に一度死にかけている。頭を強打して倒れた。スイカを落としたような衝撃、鉄の錆びた臭いと薄れる意識の中で思った。どうでもいいと思った。この時にオレは一度死んだ。この時におそらくPTSDになっている。小学校に入り友達ができた。その子は小学生の目にもかわいい、男子皆が敬遠するほどのありえないような美少女だった。なぜか仲良くなり毎日一緒に帰ったがある日いなかった。追いかけるように帰ると緑色の10tダンプに巻き込まれて死んだところに出くわした。アスファルトには命の残痕が赤黒く長い尾を引いていた。「まだ二十歳にもなってないのに、結婚もしてないのに。」と無感情に思った。命というものは非常に不平等だ。

一方、死というものは非常に平等だ。どのように健康な人も、どんなに裕福な人も、どんなに大きな権力を持っていても最後には、逆グリーンマイルを歩けない。真グリーンマイルが無慈悲に口を開いて待っている。「治せ!金ならいくらでも出す!二十歳に戻せ!」と言っても無理なのだ。生老病死、生まれて、老いて、病気になり、死ぬ。100億光年のタイムラインの一瞬の重なりの中ですれ違う。二等兵は昭和2年、赤とんぼを追いかける少年だった。昭和50年代田んぼで凧揚げしたオレも2060年には二等兵だ。最後、真グリーンマイルを歩くときに「ありがとう、楽しかった。」と言えるように生きないといけないと思った。


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